浦和家庭裁判所 昭和55年(少)1074号 決定 1980年4月10日
少年 G・U(昭三五・六・二八生)
主文
少年を中等少年院に送致する。
押収してあるトルエン約一〇〇CC入りサントリービール五リットル缶一缶(昭和五四年押第八〇九号の1)はこれを没取する。
理由
一 非行事実
少年は、昭和五三年五月一七日、浦和家庭裁判所において、毒物及び劇物取締法違反保護事件で、浦和保護観察所の保護観察に付され、現在保護観察中であるが、業務その他正当な理由がないのにかかわらず、
1 昭和五四年八月中旬ころの午後八時ころから同年九月二一日午前一時ころまでの間、埼玉県大宮市○町×丁目×××番地所在の自宅において、吸入の目的で、興奮・幻覚又は麻酔の作用を有する劇物であるトルエン約一〇〇CC(昭和五四年押第八〇九号の1)をサントリービール五リットル缶に入れて所持した
2 Aと共謀して、前同年一二月三日午後七時ころから同日午後八時二〇分ころまでの間、大宮市○○×丁目×××番地資材置場から大宮市○町×丁目××番地先路上に至る間の普通乗用自動車内において、興奮、幻覚又は麻酔の作用を有する劇物であるトルエン約三五ミリリットルをビニール袋に注入し、各自がそのビニール袋を口に当て吸入した
ものである。
二 適条
1、2は毒物及び劇物取締法違反につき、同法三条の三、二四条の四
三 保護処分に対する理由
1 本件関係記録及び審理の結果によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 少年は、少年が一歳半の時に実父と死別し、以後母の手で育てられたが(もつとも母親は実父と死別後まもなく某男性と同棲生活を始め、昭和四五年ころまで続ける)、特別に問題となるような行動も起こさずに昭和五一年三月中学校を卒業し、私立高校に進学した。しかし、母親が前年ころから夜間の仕事に就き、夜間家を空けるようになつたため、少年宅が溜り場となつて不良交友を重ねるようになり、少年は、昭和五一年三月二九日に集団で自動車窃盗を犯し、同年八月二三日に審判不開始決定を受けた。その後同年一〇月に右高校を中退し、就職したが、転職頻回で長続きせず、安定性と定着性のないうえ、相変らず少年宅が溜り場となつては不良交友を重ね、シンナー遊びをしたりし、このようなことから昭和五二年九月一三日毒物及び劇物取締法違反保護事件で審判不開始決定を受け、更に、昭和五三年五月一七日当裁判所において同保護事件で浦和保護観察所の保護観察に付されるに至つた。しかし少年は、これを機にその生活状況を改善して自主更生しようとはせず、相変らず転職を繰り返し、昭和五四年七月ころからはそれまで稼働していた会社も辞めて同年四月ころに知り合つて付き合うようになつたB子と母親方で同棲生活を始めるようになつたが、それ以後は保護者はもとより、担当保護司、保護観察官の忠告、助言に全く耳を傾けようとせず、保護観察を忌避し(もつとも担当保護司の指導方法に問題はなかつたとはいえないが)、ほとんど無為徒食してはシンナー吸引に耽る毎日を送つたものである。
(二) 少年は、右のような生育歴と生活環境が原因となつて、物事の対応が自己中心的で、依存心が強いうえ、心的圧力に抗する力が弱く心身の不十全感を抱き易く、また、自己の非を認めまいとする構えを反映する自己顕示傾向が目立ち、総じて情緒面が極めて未成熟であり、更に、行動規範が極めて主観的で自己の都合の良いものを中心に形づくられていて社会的規範意識に乏しいところから、罪悪感を抱かずに怠情に不良仲間と徒遊したりシンナーを吸引したりする行動に出る性向を有するに至つているものである。
(三) 少年のシンナー乱用は、その乱用期間、乱用回数(昭和五四年七月以降が特にひどい)、シンナーの入手先、種類、身体への影響(記憶障害や幻覚が見受けられる)等を合わせ考えると、シンナーへの依存性は極めて高く、習慣的になつていて、いわゆる嗜癖型のタイプと思われ、現状のままではシンナー吸引の再非行の虞は極めて大きく、更に、状況次第では他種の非行に移行する虞も大きいといわなければならない。
しかして、少年をこのまま放置してはますますシンナー等の薬物への依存性を強める虞が大きく、少年に対しては一刻も早く社会の規律を守り、健全な共同生活が送れるよう社会生活に必要な基本的教育を施すとともに、崩れている体調を回復させることが必要である。
(四) 一方、少年の保護者である母親は、生計を維持するのに精一杯であるうえ、少年の度重なる不良行為や非行、これに対する説論に全く従わないことなどに現在少年に対する保護監督の意欲を失つており、また、前記した少年の非行性の程度を考慮すると、現状にある少年を適切に保護監督する力があるとは思えない。なお他に少年を適切に監護し得るにふさわしい人物も施設も見い出し得ない。
2 以上のような少年の資質、性向、経歴、生活態度、家庭環境及び年齢等からすると、少年に対しては少年の自覚に訴えた在宅の保護ではもはやその更生を期待することは困難であるといわなければならず、従つてこの際、少年を日常生活の管理の徹底した施設に収容して規則正しい生活のなかで崩れている体調を回復させるとともに、地道で堅実な生活が送れるような構えを身に付けさせることを中心とした矯正教育を強力に施すことが必要であると思料するが、少年の性向、非行性の深度等を考慮すると相当長期間の教育が必要であると考える。
3 なお、浦和保護観察所長は、当裁判所に対し昭和五五年三月一七日「少年は、保護観察開始当初から職場を転々とし、昭和五四年八月以後は全く定職に就かず、徒遊し、担当保護司宅への来訪を怠つてその指導に従わず、無為徒食してシンナー吸引に耽り、保護者の監護に服さず、再三にわたる保護観察官の忠告、助言、指導を聞き入れずに、六か月以上も不就労のままシンナー吸引が常習化し、女と同棲するなど自堕落な生活を送り、遵守事項を守らず、このまま放置すれば将来罪を犯す虞があり、この事実は少年法三条一項三号イ、ロに該当する。」旨の犯罪者予防更生法四二条一項による通告をし、当裁判所はこれを昭和五五年少第一三一三号ぐ犯保護事件として受理した。しかして右通告のぐ犯事由は概ねこれを認めることができるが、右ぐ犯事由については、少年のぐ犯性が現実化して前記認定の犯罪行為に至つたものであることが明らかであるから、このぐ犯は本件審判の際の情状として考慮すれば足りるので、これについては非行事実として認定、適用を特に掲記しない。
4 よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項により、少年を中等少年院に送致し、押収してあるトルエン約一〇〇CC入りサントリービール五リットル缶一缶(昭和五四年押第八〇九号の1)については少年法二四条の二第一項一号、二号、二項本文により没取することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 千川原則雄)